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広島大学と米国?アイダホ大学が連携して実施する交流事業「Mega Exchange Program for Nurturing Peace and Sustainability Leaders」が行われました

広岛大学は、米国?アイダホ大学と连携して実施する交流事业「Mega Exchange Program for Nurturing Peace and Sustainability Leaders(平和と持続可能性リーダー养成のためのメガエクスチェンジプログラム)」の一环として、2026年5月19日から29日にかけてプログラムを実施し、アイダホ大学からは32人の学生、及び5人の教职员が参加しました。
本事业は、米日カウンシルと米国国务省が提携して设立した教育基金プログラム「ミネタ?アンバサダー?プログラム(MAP)」に採択されており、日米両国の学生に留学机会を提供し、グローバルな视野を持つ次世代リーダーの育成と、强固な日米関係の构筑を目的としています。2026年度は、本助成金により、日米それぞれ30名の学生に対し奨学金が支给され、より多くの学生が国际的な学びの机会を得ることが可能となりました。

広岛大学とアイダホ大学は、2023年に大学间协定を缔结し、2024年6月には「メガエクスチェンジ协定」を缔结しました。これに基づき、2025年度から年间约100名规模の学生相互交流を実施する大规模な取り组みを开始しており、本プログラムはその中核を担うものです。短期プログラムでは、両大学の学生がそれぞれ约10日间の研修を行い、「Peace and Sustainability(平和と持続可能性)」を共通テーマとして、国际课题の解决に向けた対话と実践的な学びを行っています。
今年度の広岛大学における受入プログラムは、「Hiroshima Dialogues: Peace, Plate, and Planet」と题して実施されました。参加学生は、「平和」および「持続可能性」をテーマに、広岛の歴史的背景と地域资源に根ざした多角的な学びに取り组みました。
プログラムでは、山と海に囲まれた西条地域を拠点に、地域文化や地场产业に関する理解を深めるとともに、公司访问などを通じて、地域资源の持続的な活用や产业と环境の共生について学びました。これにより、地域社会と地球环境のつながりを実感しながら、持続可能な社会の実现に向けた视点を养う机会となりました。

豊栄町访问の様子

株式会社サタケ访问の様子

また、平和学习として、被爆体験讲话の拝聴や平和记念公园?资料馆の访问を実施し、広岛の復兴の歩みや「平和都市」としての使命について理解を深めました。さらに、戦后復兴や被爆体験の継承をテーマとした讲义?ワークショップを通じて、歴史的背景に基づいた多层的な视点から平和について考察しました。
プログラム期间中は、异なる国籍や専门分野を持つ学生がグループワークやディスカッションを通じて活発に意见交换を行い、「平和」や「持続可能性」というテーマをそれぞれの文化的?社会的背景に照らして再考しました。体験型学习とアカデミックな学びを组み合わせることで、理论と実践の両面から理解を深める场となりました。
参加した学生からは、「平和と持続可能性は切り离せないテーマであり、広岛での経験を通じてその関係性を実感した」「地域资源を活かした持続可能な取り组みは、自国でも応用可能であると感じた」「多様なバックグラウンドを持つ学生との対话により、自身の视野が大きく広がった」といった声が寄せられました。

ワークショップの様子

グループワークの様子

浴衣着付け体験の様子

集合写真

本プログラムを通じて得られた学びが、参加学生一人ひとりの今后の行动につながり、平和で持続可能な社会の実现に向けた主体的な取り组みへと発展することが期待されます。
広岛大学は今后も、「平和を希求する精神」のもと、国际的な対话と协働の场を创出し、グローバル社会に贡献できる人材の育成を推进してまいります。また、本プログラムを通じて、アイダホ大学との连携を一层强化し、日米両国における持続可能で深化したパートナーシップの构筑を目指していきます。

関连リンク

アイダホ大学の参加学生から、広岛平和记念日(8月6日)に向けて寄せられたメッセージ(一部抜粋)

August 6th was a tragic event that I fear doesn’t get spoken about enough. As a student who had the basic high school understanding of the facts and numbers, to eventually learning more about Hiroshima through translating survivor testimonies and documentaries, I can say my perspective on the event changed drastically then. Sustainability was one thing I never thought of when it came to rebuilding after the bombing. Actually, being in Hiroshima Peace Park, going through the Peace Museum, and seeing some of the very things I worked on all really showed how destructive all of it was. With how Hiroshima looks today, I would have guessed the bomb dropped far more than 100 years ago. 

Compared to the US, sustainability drastically differs. In Moscow, Idaho, my apartment complex doesn’t even have the option to recycle cardboard, while even the hotel I stayed at in Hiroshima had green cards where you could opt into a more eco-friendly service. That really makes me wonder how different our environment could be if the whole world, especially larger and first-world countries, really put sustainability into action. Hiroshima was so much more than I could have imagined, especially seeing how it’s transformed itself in under 100 years while continuing to share its message of peace. It was certainly an unforgettable experience.

8月6日は、私が十分に语られていないのではないかと危惧している悲剧的な出来事です。高校で学ぶ程度の基本的な事実や数字の知识しか持っていなかった学生だった私が、その后、被爆者の証言やドキュメンタリーの翻訳を通して広岛についてより深く学ぶようになり、その出来事に対する私の见方は、その时大きく変わったと言えます。原爆投下后の復兴について考えるとき、持続可能性というものは、私がこれまで一度も考えたことのない视点でした。実际に広岛平和记念公园を访れ、平和记念资料馆を见学し、そして自分が携わった资料そのものの一部を目にしたことで、そのすべてがどれほど破壊的なものであったのかを本当に実感しました。现在の広岛の姿を见ると、私は原爆が投下されたのは100年以上も前のことだったのではないかと思ってしまうほどです。

アメリカと比べると、持続可能性への取り组みには大きな违いがあります。アイダホ州モスコーでは、私の住んでいるアパートには段ボールをリサイクルする选択肢さえありません。一方で、広岛で宿泊したホテルには、より环境に配虑したサービスを希望するかどうかを选べるグリーンカードまで用意されていました。そのことから、もし世界中、とりわけ规模の大きい国々や先进国が本当に持続可能性を実践すれば、私たちの环境はどれほど违ったものになるのだろうかと考えさせられます。

広岛は、私が想像していた以上の场所でした。特に、100年にも満たない年月でここまで復兴を遂げ、それでいて平和のメッセージを発信し続けている姿を目の当たりにし、その思いは一层强くなりました。それは间违いなく、忘れることのできない経験でした。

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Through this program, I got to see the scars the atomic bomb left on the walls of the buildings from August 6th, 1945, the torn and bloodied clothes of men and women, infants and children alike, the drawings made from those that, even if they had no artistic background, even if it pained them to recall that day, did their best to portray what they saw so that they could keep the memory as vivid and alive in future generations as they could. So that society won’t forget or let something like this happen ever again. Being surrounded by the hundreds and thousands of stories of those that suffered on August 6th was honestly a life-changing experience. I couldn’t stop thinking that this was something my country was responsible for. It helped me see that this was all that war would ever result in, and it made me feel sick. If I had to share one message from this experience, it would be to always, always choose peace. But peace isn’t something that you can choose by just sitting idly and not actively doing anything to make the world worse. Peace is something you must fight for. You have to speak out about it and spread awareness that if you don’t work towards a peaceful world, someday, everything you know, and everyone you love might be gone, because someone else more ignorant might choose war.

このプログラムを通して、私は1945年8月6日に原子爆弾が建物の壁に残した伤跡や、男性や女性、さらには乳児や子どもたちが身に着けていた、引き裂かれ血に染まった衣服を目にしました。また、美术の経験があったかどうかに関係なく、そしてその日のことを思い出すことがどれほどつらいことであったとしても、自分たちが见た光景をできる限り伝え、未来の世代にその记忆をできるだけ鲜明に、生き生きと残そうと悬命に描かれた絵も见ることができました。それは、社会がこの出来事を忘れず、このようなことが二度と起こらないようにするためです。8月6日に苦しみを受けた何百、何千という人々の物语に囲まれて过ごしたことは、本当に人生を変えるような経験でした。私は、自分の国がこの出来事に责任を负っているのだということを考えずにはいられませんでした。この経験を通して、戦争が最终的にもたらすものはこのような惨状しかないのだということを実感し、私は吐き気を覚えるような気持ちになりました。もしこの経験から一つだけ伝えたいメッセージがあるとすれば、それはどんなときも、どんなときも平和を选んでほしいということです。しかし、平和とは、ただ何もせずに座っていて、世界を悪くしないようにしているだけで选べるものではありません。平和とは、自ら胜ち取るために努力しなければならないものです。平和について声を上げ、その大切さを広く伝えていかなければなりません。もし平和な世界を筑くために行动しなければ、いつの日か、あなたが知っているすべてのものや、あなたが爱するすべての人が、戦争を选んでしまう、より无知な谁かのせいで失われてしまうかもしれないからです。

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The biggest impact of the UI/HU Ambassador Trip for me was being able to see my friends, classmates, and strangers connect with people outside of their own countries and races. Even though the United States is considered a melting pot, living in Idaho doesn't give people many chances to experience different cultures. I believe the opportunity that so many students had to interact with the HU students forever changed their perspectives on peace and unity for the better. Many students realized that although Japan is on the other side of the world, the issues we face on both national and global scales are not entirely different. The difference in the way these two countries handle the same issues was interesting to learn about and compare. We tend to believe that there is a "right" way to solve problems, and many of us become stuck in the mindset of their only being a single correct answer. The UI/HU Ambassador Trip proved many beliefs that I, and many of my peers, held previously false. I can only hope for this trip and similar ones to continue in the future to encourage open-mindedness in new generations of students. I genuinely believe this experience led to more kind, more generous, and more empathetic individuals returning to the University of Idaho.

UI/HU Ambassador Tripで私にとって最も大きな影响だったのは、友人やクラスメート、そしてこれまで面识のなかった人たちが、自分たちとは异なる国や人种の人々と交流し、つながっていく様子を目の当たりにできたことです。アメリカは人种のるつぼと呼ばれていますが、アイダホ州で生活していると、さまざまな文化に触れる机会はあまり多くありません。私は、多くの学生が広岛大学の学生と交流する机会を得たことで、平和や人とのつながりに対する考え方が、これから先ずっとより良い方向へと変わったと信じています。多くの学生は、日本は世界の反対侧にある国であるにもかかわらず、私たちが国レベルや世界规模で直面している课题は、决して大きく异なるものではないということに気づきました。また、両国が同じ课题にどのように异なる方法で取り组んでいるのかを知り、それらを比较できたことも非常に兴味深い経験でした。私たちは问题を解决するための「正しい」方法が一つあると考えがちで、多くの人は、正解はただ一つしかないという考え方にとらわれてしまいます。しかし、UI/HU Ambassador Tripは、私自身、そして多くの仲间たちがそれまで正しいと信じていた考えの多くが、実际にはそうではなかったことを示してくれました。私は、このようなプログラムや同様の交流事业が今后も継続され、新しい世代の学生たちに広い视野と柔软な考え方を育む机会を与え続けてくれることを心から愿っています。そして私は、この経験を通して、アイダホ大学へ戻った学生たちは、以前よりも思いやりがあり、寛大で、他者への共感力を备えた人间になったと心から信じています。

【お问い合わせ先】

広岛大学国际室国际部留学交流グループ

Email: kokusai-ryugaku*office.hiroshima-u.ac.jp
(*は半角蔼に置き换えた上、送信してください)


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