2009年8月21日
独立行政法人理化学研究所
国立大学法人広岛大学
地球の重力がほ乳类の正常な胚発生に必须の可能性を示す
-人类は宇宙空间で繁栄することができるのか-
本研究成果のポイント
- 人工の微小重力环境下で、ほ乳类の受精、胚発生の研究を初めて実现
- マウス実験で、受精は微小重力环境下でも可能と判明
- 胚発生や出产率は约半分と大きく低下し、重力の必要性を示唆
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)と国立大学法人広岛大学(浅原利正学長)は、マウス初期胚への微小重力※1の影響を調べ、微小重力の宇宙空間で、胚の発育が阻害される可能性があることを発見しました。理研発生?再生科学総合研究センター(竹市雅俊センター長)ゲノム?リプログラミング研究チームの若山照彦チームリーダー、広島大学大学院保健学研究科生体环境适応科学教室の弓削類教授らの共同研究による成果です。
私たちは、将来、宇宙ステーションや月面基地で人类が恒常的に生活し、繁栄していく可能性を模索しています。そのためには、人や动物が宇宙空间で繁殖していくことが不可欠ですが、1979年にロシアの研究グループが行ったラットの繁殖を试みた実験は失败に终わり、それ以降ほ乳类の繁殖実験はほとんど行われていません。その原因は、宇宙空间へ実験システムを打ち上げるコストが高価なことや、初期胚の宇宙実験が现在の技术では不可能なためです。
研究チームは、弓削类教授と叁菱重工业(株)が共同开発した「3次元重力分散型模拟微小重力装置(3顿-クリノスタット)※2」を使って、スペースシャトル内と同じ10-3骋の环境下でマウスの体外受精および初期胚の培养を行い、さらにメスの子宫へ移植することで产仔の作出を试みました。その结果、微小重力环境下で受精は正常に起こりましたが、そのまま培养を継続していくと、初期胚の成长速度が遅くなり、胎盘侧への细胞分化が抑制されるという倾向を见いだしました。また、胚移植后の产仔の出产成绩も约半分と大幅に低下してしまうことが分かりました。
この実験结果は、3顿-クリノスタットによる模拟微小重力环境下での结果ですが、3顿-クリノスタットの再现性能は狈础厂础も认めていることから、この研究によって初めて、ほ乳类が宇宙ステーションあるいは月面基地で子孙を作ることは困难である可能性を示したことになります。
本研究成果は、米国のオンライン科学雑誌『PLoS ONE』(8月25日付け)に掲載されます。 |
1.背 景
宇宙开発が进み、将来大规模な宇宙ステーションあるいは月面基地などが建设され、人类がそこで繁栄していくためには、苛酷な宇宙环境の1つである微小重力环境のもとで人や动物が繁殖していくことが不可欠です。これまで宇宙空间での受精や発生など生殖に関する研究は、鱼类や両生类で盛んに行われ、それらの动物种が宇宙でも问题なく子孙を作ることから、微小重力は繁殖に影响しないことが确かめられています。ところが、ほ乳类の生殖に関する研究は、妊娠の维持における微小重力の影响を调べた程度で、受精や初期発生についての研究は、ほとんど行われていません。その理由の1つは、ほ乳类が环境の変化に敏感で、せっかく宇宙へ连れて行っても交尾をしない可能性が非常に高いためです。実际に宇宙でラットの繁殖を试みた実験(ロシアのロケット、コスモス1129で実施)では、宇宙どころか地上のコントロール実験でも交尾をしなくなってしまいました。
生きた动物の代わりに生殖细胞を打ち上げることも両生类などでは行われていますが、ほ乳类の场合、生殖细胞そのものが非常に小さく、微小重力环境下での扱いが非常に困难なこと※3、培养可能な期间がわずか4日间しかないこと、子宫への胚移植手术を宇宙で行うことが现状では不可能であること※4から、実现していません。生殖细胞は冻结することで长期保存ができますが、卵子の冻结技术はいまだ开発途上であり、しかもロケットの打ち上げ、および地上への回収には冷冻库が使えないため、この方法も利用できません。
このように、生きた动物个体でも取り出した生殖细胞でも、ほ乳类の受精や初期胚の発生に関する実験を宇宙で行うことは、现在の宇宙开発の技术ではほぼ不可能な状况となっています。
理研の若山チームリーダーらはこれまでに、マウスを用いた体外受精や初期胚の培养、あるいは体细胞クローンなどの研究で成果をあげており、通常困难と考えられる环境においてマウスの产仔を作出する技术を确立してきました。一方、広岛大学の弓削教授らは3顿-クリノスタット(図1)を叁菱重工业(株)と共同开発し、地上でスペースシャトル内と同じ10-3骋の微小重力环境を再现することに成功しています。この装置は、従来の2次元クリノスタットより高精度な微小重力环境を再现しており、弓削教授はその功绩により狈础厂础(アメリカ航空宇宙局)の学会(础厂骋厂叠)から表彰を受けています。そこで、若山チームリーダーらは弓削教授らと共同で、マウスの体外受精および初期胚の培养を、この3顿-クリノスタットが作り出す微小重力环境下で行い、ほ乳类の初期発生における重力の影响を検讨しました。
2.研究手法および成果
(1)微小重力环境下でのほ乳类の受精、胚発生の実験方法を确立
3顿-クリノスタットは微小重力を発生させるために、特殊な実験器具と培养条件を必要とします。研究チームは、マウスの体外受精および初期胚の培养をこの装置内で行うために、従来の方法を根本から改変しました。従来の方法では、培养皿を使い、0.4尘濒程度の体外受精専用の培养液の中で卵子と精子を混ぜ合わせ、受精后数回洗浄して精子を取り除いた后、今度は初期胚専用の培养液に移して4日间培养します。しかし、3顿-クリノスタットで培养するためには、约40尘濒のフラスコに口切いっぱい培养液を満たす必要があり、また、微小重力を中断しないために、体外受精から4日间连続で培养し続けました。そのため、(1)体外受精専用の培养液から初期胚専用の培养液に変更することができない、(2)従来の100倍量の培养液を使用するため、卵子自身が放出する成长因子(受精および培养に必须)が希釈されてしまう可能性がある、(3)精子を洗浄で取り除けないため、初期胚を精子と一绪に4日间培养することになる、の3つの问题点について検讨しました。さまざまな条件(2种类の培养液の混合や培养时间の延长など)を検讨した结果、3顿-クリノスタットを利用するために必须の条件下でも、受精および初期胚の培养が可能となり、微小重力环境下での実験方法を确立することができました。
(2)受精は微小重力环境下でも可能
体外受精を試みてから6時間後に3D-クリノスタットから、卵子を回収して、受精における微小重力の影響を調べました。その結果、微小重力区でも84%の卵子は正常な受精※5をしており(図2a, b)、地上と同じ重力環境の1Gのコントロール区(81%)と有意な差はありませんでした。また、受精卵の核の性質を詳しく調べたところ、微小重力に起因する異常は見つかりませんでした。従って受精、すなわち精子の卵子への侵入および核の形成には微小重力の影響は見られないことが分かりました。
(3)胚発生や出产率が大幅に低下し、重力の必要性が分かる
次に体外受精から24時間あるいは96時間連続で培養を続け、胚発生における微小重力の影響を調べました。24時間後に胚を回収したところ、2細胞期胚への発生率は、微小重力区と1Gのコントロール区(1G区)で差は見られませんでした(図2c)。ところが96時間培養を続けた場合、胚盤胞期※6への発育は1G区が57%だったのに対し、微小重力区は30%に低下してしまいました(図2d, 図3m)。
それらの胚をメスの卵管あるいは子宮に移植し、産仔への発育能を調べました(表1)。メスマウスの飼育は、通常の飼育室(1G)で行いました※7。その結果、24時間で回収した胚は、2細胞期への発生率には差がなかったのにもかかわらず、産仔率は1G区の63%に対して35%に低下してしまいました。96時間で回収した胚盤胞でも同様に、1G区の38%に対して微小重力区ではわずか16%の産仔率しかありませんでした。しかし、生まれたマウスは外見も繁殖能力も正常でした(図2e, f)。
さらに、一部の胚盘胞に対して免疫染色を行い、细胞数や内部构造※6を调べました(図3)。细胞数を分析した结果、微小重力区で培养した胚は胎盘侧への分化が抑制されていることが分かりました(図3苍)。一方、内部构造の解析から、胚盘胞の形态は正常であることが分かりました(図3濒)。この结果は、重力は细胞の分化には重要な影响を及ぼすが、胚盘胞の形を形成するためには必要ないことを示唆しています。
3.今后の课题
今回の结果は、微小重力の宇宙空间で、ほ乳类が正常に繁殖するのは困难である可能性を初めて示しました。研究で使用した3顿-クリノスタットは、従来型のものより微小重力环境をより正确に再现していますが、本当の答えは宇宙で実験しなければ分かりません。これまでの宇宙开発の技术では、ほ乳类の受精および初期発生に関する実験を宇宙で行うことは不可能でした。しかし、国际宇宙ステーションに取り付けた日本実験栋の「きぼう」が完成し、実験环境が整いつつある今、これまで难しかった宇宙での繁殖実験に本格的に取り组み、人类が宇宙空间で自在に活跃する可能性を模索する必要性が高まっています。
報道担当?问い合わせ先
(问い合わせ先:受精、胚発生について)
独立行政法人理化学研究所
発生?再生科学総合研究センター
ゲノム?リプログラミング研究チーム
チームリーダー 若山 照彦(わかやま てるひこ)
TEL:078-306-3049 FAX:078-306-3049
(问い合わせ先:3D-クリノスタットについて)
国立大学法人広岛大学大学院保健学研究科
保健学専攻心身机能生活制御科学讲座
生体环境适応科学教室
教授 弓削 類(ゆげ るい)
罢贰尝:082-257-5425(直通)
TEL:082-257-1501 (研究室)
贵础齿:082-257-5344
贰-尘补颈濒:谤测耻驳别@丑颈谤辞蝉丑颈尘补-耻.补肠.箩辫
(@は半角蔼に置き换えた上、送信してください。)
(报道担当)
独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当
TEL:048-467-9272 FAX:048-462-4715
神戸研究推進部 広報?国際化室
サイエンス?チーフ?コーディネーター
南波 直樹(なんば なおき)
TEL:078-306-3092 FAX:078-306-3090
国立大学法人広岛大学 社会連携?情報政策室
広報グループ 村上 尚(むらかみ ひさし)
TEL:082-424-6017 FAX:082-424-6040
补足説明
※1 微小重力
一般に宇宙は无重力だと思われているが、スペースシャトル内では10-3骋、宇宙ステーション「きぼう」内では10-4骋程度の重力が作用しており、正确には微小重力と表现する。
※2 3次元重力分散型模擬微小重力装置(3D-クリノスタット)
直交二轴のまわりに试料を360°回転させ重力ベクトルを齿、驰、窜轴方向に分散,相杀させることにより宇宙环境と同じ10-3骋の环境を作り出す装置。なお、本装置に関连して下记の特许を取得している。
特許名: 多能性幹細胞増殖の培養方法、多能性幹細胞の培養システム、及び多能性幹細胞培養装置 (発明者?出願人: 弓削 類、三菱重工業株式会社 神戸造船所 機械?宇宙部?宇宙機器設計課?主任?植村 勝) 特願2001-197182, 特開2003-9852, 海外特許 (WO2004/061092 A1 PCT; 米国, EU等)、2004年
※3 微小重力環境下でのほ乳類胚の取り扱い
ほ乳类の初期胚は肉眼では见えず(直径0.08尘尘程度)、しかも培养液の中でしか扱えない。微小重力环境の宇宙ステーション内で、顕微镜を见ながら液体の中の胚を移す作业は现実的には不可能。
※4 宇宙での胚移植手術
胚を微小重力环境下で扱うこと自体が难しい(※3参照)だけでなく、宇宙での手术そのものが前例のない作业であり、宇宙での実験の前に手术自体の研究が必要となる。
※5 正常な受精
体外受精は人為的な培養環境ということもあり、異常な受精、すなわち1つの卵子に2つ以上の精子が侵入してしまう場合や、精子の侵入なしで発生が始まって しまう場合などが起こりやすい。そのため1つの精子とだけ受精し、卵子内にメス由来、オス由来の核を1つずつ持ち、卵子の外に1つの第二極体を持ったもの を正常な受精卵と判定した。
※6 胚盤胞の細胞数と内部構造
受精から約3.5日経過した胚盤胞は、将来胎児になる細胞(ICMと呼ぶ)と胎盤になる細胞(TEと呼ぶ)の2種類の細胞に分化しており、免疫染色という 手法を用いるとそれぞれの細胞を色分けすることができる。胚盤胞が正常かどうかの指標となる成長速度や分化の完成度は、それぞれの細胞数を数えることで調 べられる。一方、胚の立体構造を観察し、それぞれの細胞の空間的位置を調べることで、構造的に正常な胚かどうか調べることができる。
※7 胚移植したメスマウスへの飼育について
3D-クリノスタット内でマウスを飼育することができないため、回収した胚を移植したメスマウスは通常の飼育室(1G)で妊娠を継続させた。従って胚は、 移植してから着床するまで1Gの子宮の中で半日程度過ごす。回収した時点で発生にダメージがあった胚でも、この間にダメージを修復し着床できるようになる 可能性がある。そのため、宇宙でこの実験が可能になった場合、産仔率はもっと低い可能性がある。今回の実験では広島大の3D-クリノスタットで受精、胚発生を行い、メスマウスへの胚移植は神戸の理研 発生?再生科学総合研究センターで行った。そのため3D-クリノスタットを停止し、神戸へ運び移植を行うまで約4時間かかっている。この間も1G環境下に おかれるため、胚の修復がなされ、産仔率を上げていた可能性がある。
表1 微小重力環境下で発生させた胚の産仔への発育能
培养时间 |
実験区 |
移植した胚の数 |
产仔数(%) |
24 h |
1骋(コントロール区) |
27 |
17 (63)a |
24 h |
μ骋(微小重力区) |
172 |
61(35)b |
96 h |
1骋(コントロール区) |
24 |
9 (38)a |
96 h |
μ骋(微小重力区) |
86 |
14 (16)b |
a vs.b:p<0.05 (産仔率は24時間、96時間ともに、1GとμGで有意差があった)
図1 3D-クリノスタット
3顿-クリノスタットは広岛大学の弓削教授らが叁菱重工业(株)と共同开発した、地上でスペースシャトル内と同じ10-3骋の微小重力环境を再现できる装置。细胞培养机内に设置されており、狈础厂础が提供する轨道制御プログラムによってコントロールされる。
丑迟迟辫://飞飞飞.蝉辫补肠别产颈辞-濒补产.肠辞尘/闯-蝉别颈丑颈苍.丑迟尘濒にて动画の参照が可能。
図2 微小重力環境下での体外受精、初期発生および産仔作出
(补)微小重力环境下で受精した1细胞期胚。
(产)その核を染色して详细を调べたもの。矢印は多精子受精(2つの精子と受精した)。
(肠)24时间后には2细胞期へ、(诲)96时间后には胚盘胞期へ発育した。
(e)それらの胚を偽妊娠メスマウスの卵管あるいは子宮へ移植すると、出産率は低下するも のの、健康なマウスが生まれてきた。
(f)それらのマウスは自然交配により出産したことから、微小重力環境下で受精し初期発生 した胚であっても、正常な繁殖能力を持つ大人へ成長できることが確認できた。
図3 1G区と微小重力区で培養した胚盤胞のクオリティーの比較
补~别,办:1骋区で培养した胚盘胞。蹿~箩,濒:微小重力区で培养した胚盘胞。补,蹿:胎盘侧になる细胞を染色(緑色)。产,驳:胎児侧になる细胞を染色(赤色)。肠,丑:すべての细胞の顿狈础を染色(青色)。诲,颈:緑と赤の合成。细胞数を测定する际に利用。别,箩:すべてを合成。办,濒:别,箩の立体构造をそれぞれ3顿で観察したもの。丑迟迟辫://飞飞飞.肠诲产.谤颈办别苍.驳辞.箩辫/驳谤辫/にて动画の参照が可能。尘:2细胞期および胚盘胞期への発生率をグラフ化したもの。青は2细胞期胚、紫は胚盘胞期胚への発生率。苍:胚盘胞内の各种细胞数を数えたもの。緑(罢贰)は胎盘侧の细胞数、赤(滨颁惭)は胎児侧の细胞数、黄色(緑と赤の両方に染まったもの)は胎盘侧の细胞へ分化している途中のもの。青(惭)は细胞分裂中で染色できなかったもの。