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第15回 先端物質科学研究科 教授 角屋 豊先生

写真:角屋先生

~ Dの人にしか見えない世界を一緒に探しませんか ~

取材実施日:2014年9月4日
第15回先生訪問は、先端物質科学研究科 量子物質科学専攻 量子物質科学講座 角屋 豊(かどや ゆたか)教授にお話を伺いました。

Profile
1984年 京都大学工学部電子工学科 卒業
1986年 京都大学大学院工学研究科修士課程電子工学専攻 修了
住友电気工业を経て、1994年広岛大学工学部助手、
1998年助教授、2004年から现职

現在の研究内容 — 「ナノサイズの光アンテナとテラヘルツ波技術の展開」

现时点の研究内容は、大きく分けて二つがあります。一つ目は、ナノサイズの光アンテナ(注1)に係るもの、光のデバイスの中に埋め込むために、设计をしたり、どれぐらい効果があるのかを调べたりしています。もう一つ目は、テラヘルツ波技术の展开です。

(注1)2010年3月14日に『Nature Photonics』で発表されたナノサイズの光アンテナの開発に関する論文について、当時博士課程後期の学生だった小迫さんが、角屋教授らの指導の下で、ナノサイズの光アンテナを開発しました。

ナノサイズの光アンテナに関する研究として、最近していたのは、光アンテナの効果を実証することです。光アンテナを使うと、非常に小さい発光体から出る光をある特定の方向に出したり、あるいは、特定の方向に対して、すごく感度の高い受光ができるので、光アンテナを使って、部品の中で光をやりとりすると、伝达の効率が良くなることを実証することをやっていました。电気通信の场合は、电気信号で伝えると、どうしてもエネルギーのロスという问题があったり、情报伝达速度の限界があったりしますが、光通信を使うと、より大きな面积とか、より长い距离とか、情报伝达の効率が良くなります。光通信ではもともと、光を闭じ込めるような构造が使われています。

写真:角屋先生

まず、光アンテナを构成する金属について、电気抵抗が小さければ小さいほど良いけど、どういう波长かにもよります。そのため、光アンテナを构成する金属として、银はベストですが、银は化科学的に安定性が低い、しかもすぐ酸化するので、金がよく使われています。
そして、超光速现象について、例えば、最初に刺激を与えて、それが元に戻るまでの时间がとても短いということです。一般的には、1兆分の1秒以下の现象を指します。

学生の指導方針 - 「学年、学生による」

できるだけ学年によって、また学生一人一人の个性に合わせて、指导したいと思っています。
4年生は、まだ研究の世界の入口にいますので、少々失败してもしょうがないため、徐々に责任をもってやるように指导しています。そして、修士の学生も、まだ勉强中なので、ある程度は教えますけど、人によって细かい指示は徐々に减らし、できる人は徐々に任せます。ドクターの学生に対しては、基本的に本人に任せます。前述のナノサイズ光アンテナを开発した小迫さんに対しても、时々アドバイスをするだけで、大体彼が自力でやってきました。
また、テーマの决定に関して、周知のように、テーマを决定することは、実は非常に难しい作业です。学生の顷はまだ周りの状况を十分に知っておらず、本当に研究する価値があるかどうかを判断しにくいので、こちらが决めます。费用の问题も関わっています。全く新しい実験だったら、お金ももらえないので、ほぼ私が决めます。

研究継続における上で大切なこと - 「研究に対する熱意と家族の支え」

研究が自分の思っている通りうまく进む场合もありますが、うまくできない场合も勿论あります。そういう时は、一人でいると辛いかもしれないけれども、家に帰れば、また元気に戻れます。
结果が出ない时、あるいは自分の思ったことと违った时は大変ですが、それと逆に、自分の思ったことが正しい时は、とてもやりがいを感じています。アンテナに関しても、アンテナをつくることや光を测ることなどいろいろ苦労しましたが、结果が出た时はやはり嬉しいです。

大学で研究を続けようと思ったきっかけ―「研究者になりたいという选択肢があったから」

京都大学大学院工学研究科修士课程修了后は、ちょうどバブル経済の时期なので、一度住友电気工业で就职しましたが、1994年にまた大学に戻って広岛大学工学部の助手を务め始めました。何故かというと、高校时代から、职业の选択肢の中に「研究者」があったからです。高校生の顷から、物理に兴味があり、自分で考えて纳得することが好きで、また幸いにポストもあったので、比较的に自由に研究し続けることができる大学に移ることを选びました。

D進学を考える学生へのメッセージ ― 「博士号を取った人にしか見えない世界があるのでは」

进学すること自体がゴールではないので、もし兴味がなければ、ドクターまで进学することは、お勧めしません。
日本では、博士号を取ると、金銭的にも特に给料が上がるというわけでもないようです。では博士号を取ると何が良いのかというと、私は、博士号を取らないと、见えない世界があるのではないかと思います。こういう言い方は误解をまねくかもしれませんが、例えば、努力した人にしか分からないこと、あるいは、一生悬命顽张って、初めて喜びが分かるといったことと同じように、博士号を取らないと、どうしても入り込めない世界があると思います。
特に欧米においては、博士号がなければ、技术者としては认められるかもしれませんが、研究者としては认められません。しかし、日本ではそういう考え方ではなく、むしろ、博士课程修了者は、専门性が强いけれども、応用はできないと思い込んでしまっている公司、或いは、先生、学生が多いのではないでしょうか。私から见れば、こういう考え方はおかしいのではないかと思います。3年间の博士课程を経て、すぐに専门家と言えるのでしょうか。山西正道先生(元副学长、名誉教授)がよくおっしゃっているように、「基本に戻る」ことが大事です。ドクターのうちに、いつも基础を意识して、基本原理に戻って理解、勉强して、きちんと基础を身に付けていけば、使い道も広がっていくのではないかと思います。
京都大学の先生が书いた文章に、私が言いたいことが全部书いてありますので、ドクターに进学しようと考えている人にも、是非読んで欲しいと思います。(注2)

(注2) http://www.nanobio.frontier.kyoto-u.ac.jp/news/2006/04/post-4.html
(「博士号を取ろう!」 from京都大学 楠見研究室ホームページ)

写真:角屋先生

取材者:葉 夢珂(教育学研究科 言語文化教育学専攻 日本语教育学専修 博士課程前期1年)


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