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【研究成果】御神木が語る大気汚染の移り変わり ~年輪のイオウが示す500年の環境変化の記憶~

本研究成果のポイント

  • イオウ酸化物の排出量は近年减少しているが、开国による日本の工业化(1850年)以前と比べて现代の大気がどの程度清浄化しているかは、未解明のまま残されていた。
  • 本研究では、御神木の年轮に含まれるイオウ安定同位体比(δ34厂)注1)を分析し、1500年代から现在にかけて500年にわたる大気中のイオウの起源の変化を探った。
  • 年轮から计测されたイオウ同位体比は、工业化を境に大きく変化し、御神木は倒れる直前まで汚染された大気の値を记録していた。この结果は、现代の大気が工业化以前の清浄な水準にまだ戻っていないこと、あるいは土壌に蓄えられた过去の汚染イオウがいまも环境中に放出されていることを示している。

研究概要

 名古屋大学大学院生命农学研究科の塩出 晏弓 博士後期課程学生、谷川 東子 准教授は、同大学院環境学研究科の中塚 武 教授、加藤 義和 研究員、平野 恭弘 教授、アジア大気汚染研究センターの佐瀨 裕之 部長、諸橋 将雪 主任研究員、広島大学の石田 卓也 准教授との共同研究により、中部日本の2本の御神木から500年分の年轮を読み解き、「产业革命前から开国を経て现代に至るまで」の大気汚染の移り変わりをたどりました。
 化石燃料の消費に伴うイオウ酸化物の排出量は、2000年代以降、世界的に減少しています。しかし、現代の大気は、化石燃料の大量消費が始まる以前、すなわち産業革命前と比べ、どの程度まで清浄化しているのかは、これまで明らかにされていませんでした。本研究では、自然災害で倒木した中部日本の2本の御神木を対象に、年輪に含まれるイオウ安定同位体比を分析し、各年代のイオウの起源(化石燃料か自然由来か)を推定しました。イギリスの産業革命後であっても、日本の本格的な工業化以前までは、同位体比は高い値で安定していました。ところが、工業化の進行に伴って値はイオウ同位体比が低い石炭や石油の影響を受けて急激に低下し、その低い値は木が倒れる直前まで維持されていました。御神木は、「イオウ排出量が減少した今もなお清浄な大気には戻っていない」、あるいは「かつて放出された化石燃料由来のイオウが土壌に蓄えられ、いまも環境中をめぐっている」ことを伝えています。この成果は、今後の気候変動対策や大気保全の指標づくりに役立ちます。本研究成果は、2025年11月13日にSpringer Nature雑誌『Biogeochemistry』に掲載されました。

研究背景と内容

(1)研究の背景 
 化石燃料の消费などにより排出されるイオウ酸化物は、酸性雨の原因物质の一つとして知られ、生态系にさまざまな影响を及ぼしてきました。近年、その排出量は世界的に减少倾向にありますが、一方で気候変动対策として、成层圏に硫酸エアロゾルを注入して地球を冷却させる「気候工学(ソーラー?ジオエンジニアリング)」の研究も进展しています。こうした状况の中で、私たちがどのような大気の时代に生きているのかを知る手がかりとして、イオウ循环の长期的な歴史をさかのぼり、「产业革命以前の清浄な大気」と「今の大気」を比较することが重要だと考えました。
 これまで南极やグリーンランドの氷床コアを用いた研究は、地球规模でのイオウ循环の长期変动を明らかにしてきました。氷床コアが远い极地でしか得られないのに対し、树木は私たちの身近に存在します。年轮は一年に一つずつ正确に刻まれるため、树木の中にはその土地の空気や土の変化が细かく记録されています。つまり树木は、その生育地域におけるイオウ循环の移り変わりを细かく教えてくれる「自然の记録帐」ということができます。
 今回、ペンやインクに相当するのは、イオウの安定同位体比(δ34厂)です。イオウはその発生源によって、δ34S値が異なります。たとえば、自然起源の海塩エアロゾルはおよそ +20.3‰、火山ガスは +5‰ と比較的高い値を示します。一方、日本で多く利用されてきた中東産の石油は ?8~0‰ と非常に低い値を持っています。このため、木の年輪に含まれるδ34厂値を调べることで、その时代の大気中イオウの主な発生源を推定することができます。
 ただし、土壌がイオウを捉える力が强い场合には、大気の状态と年轮に记録される値との间に时间的な「ずれ」が生じます。「ずれ」の存在は、过去にもたらされた汚染由来のイオウを、树木が土壌から吸収しているということ、すなわち、过去に人间活动により大量放出されたイオウが今なお环境を循环していることを意味します。

(2)调査方法
 本研究では大雨や台风によって倒木した2本の御神木—大湫神明神社(岐阜県瑞浪市)の树齢约670年の大杉と伊势神宫(叁重県伊势市)の树齢500年の神宫杉を试料として用いました(図1)。どちらも数百年にわたって地域の方々に大切に守り育てられてきた树木です。これらの树木の干试料を5年ごとに分割し、イオウ同位体比を分析することで、树木が长期的にどのように変动したかを明らかにしました。

図1.  2本の御神木の生育地

(3)研究成果
 イオウ同位体比(δ34厂)の長期的な変動は、図2の矢印で示した年に統計的に有意な転換点が認められました。本研究から見えてきたこと、そしてこれから明らかにしていくべき点を以下に整理しました。

図2. 樹木年輪のイオウ同位体比(δ34厂)の経时変化

①&苍产蝉辫;日本の工业化前の树木に含まれるイオウ同位体比は高い値で安定していた。
化石燃料の大量消费が始まる前は、数百年にわたってδ34厂値が安定していました(図2)。1760年のイギリス产业革命直后は、日本で大规模な火山喷火があったため値が动いていますが、その后再び1760年以前の値に戻り安定しました。このため、日本においてはイギリスの产业革命による大気汚染の影响は限定的であったと考えられます。大湫は伊势よりも内陆に位置しており、高いδ34厂値を持つ海塩の影响を受けにくいため、2地点の间には一贯して4.5‰程度の差异が见られました。これまで树木の年轮を用いたイオウ同位体比の研究では1830年が最も古い年代であり、大规模なイオウの排出が始まった1760年の产业革命前も含む年轮のイオウ同位体比を明らかにした初めての研究となりました。
②&苍产蝉辫;树木年轮のイオウ同位体比が大きく変化するのは、日本国内で化石燃料が消费されるようになってから。
やがて日本でも工业化が进み、化石燃料の大量消费が始まると、年轮のδ34厂値は急激に低下しました。特に、蒸気船や鉄道のような近代的な运输手段の整备が大きな影响を与えていると考えられます。
③&苍产蝉辫;人為起源イオウの影响は、排出量减少后も年轮中に検出される。
1970年に大気汚染防止法が改正されると、脱硫装置の普及などによりイオウ排出量が减少し、人為起源イオウの寄与割合が低下しました。その结果、年轮のδ34厂値は上昇倾向を示しました。しかし、δ34厂値は工业化前と比较するとはるかに低く、降水や工业化前の年轮から推定した人為起源のイオウの寄与率については1970年以降も高い水準にとどまっていることが示されました(図3)。
④&苍产蝉辫;土壌がイオウを捉えることによる时间の「ずれ」はあったのか?
大気から降ってきたイオウや、植物が落叶などを通じて地表に戻したイオウは、いったん土の中に蓄えられます。大湫と伊势の土壌は、イオウを强くつかまえるタイプではないと考えられますが、土壌が「时间のずれ」を生じさせて、昔の大気の情报をあとから木に伝えていたのかどうかは、まだはっきりしていません。工业化前の年轮のδ34厂値と现代の年轮のそれとの大きなギャップは、现代の大気は奇丽になってきたとはいえ、その清浄さは工业化以前の大気の状态にははるかに及ばないこと、あるいは、过去の大気汚染によって土壌に蓄えられたイオウが、时间をかけて再び树木に取り込まれている可能性を示しています。もし后者であれば、かつて降り注いだイオウは、今もなお森の中で静かに循环を続けているということになります。

成果の意义

 本研究は、产业革命以前から现代にかけての、大気中イオウの歴史的な変化の轨跡を、2本の御神木の年轮に刻まれたイオウ安定同位体比(δ34厂値)から読み解きました。
その结果、化石燃料の使用が本格化する以前の年轮には、清浄な大気を反映した高いδ34厂値が记録されており、现在の年轮が示す非常に低い値は、今の大気はそのレベルまで回復していない、あるいは过去のイオウ大量放出の影响が环境には色浓く残っている状况が映し出されました。
 これらの成果は、イオウ排出量が减少した现代においても、过去に排出されたイオウが大気や土壌に残り、その影响を正しく理解することの重要性を示しています。そして树木は、大気汚染のような环境の変化を、500年もの歳月にわたって记録し続けてきた、长いページをもつ「自然の记録帐」であることが明らかになりました。

谢辞

 御神木の学术利用を许可してくださいました大湫神明神社および伊势神宫の関係者のみなさまに深く御礼申し上げます。本研究は、科学研究费补助金研究?基盘研究(叠)『森林生态系内に蓄积した大気汚染レガシーの极端気象による可动化(22贬02401)』、日本技术振兴机构『次世代研究者挑戦的研究プログラム(闯笔惭闯厂笔2125)』、文部科学省『女性研究者研究活动支援プログラム』の助成を受けて実施しました。

用语説明

注1)イオウ安定同位体比(δ34厂):
 イオウ(厂)には、質量の異なるいくつかの種類(同位体)があり、主に軽い??Sと重い34Sが存在する。イオウ安定同位体比(δ??厂)は、標準物質と比較して34厂と??厂の比がどの程度异なるかを示す指标で、イオウの起源や循环の违いを読み解く手がかりとなる。

注2)混合モデル:
 同じイオウでも、火山から放出されたもの、海から飞んできたもの、化石燃料の燃焼で発生したものでは、δ34厂値が异なる。それぞれの発生源がもつこの特徴的な値は、まるで“イオウの指纹”のようなものである。「混合モデル」とは、この同位体の“指纹”を手がかりに、复数の発生源がどの程度の割合で混ざっているかを推定する手法。たとえば、年轮や土壌、水などの环境试料に含まれるイオウのδ34厂値を测定し、海塩?火山?化石燃料などの典型的な値と比较することで、その试料中のイオウがどの発生源にどの程度の割合で由来するかを数値的に推定することができる。

论文情报

雑誌名:叠颈辞驳别辞肠丑别尘颈蝉迟谤测
論文タイトル:Air pollution recovery still falls short of pre-industrial conditions – Sulfur stable isotope analysis of tree rings from two giant trees
著者:Ayumi Shiode1, Takeshi Nakatsuka2, Yoshikazu Kato2, Hiroyuki Sase3, Masayuki Morohashi3, Takuya Ishida4, Yasuhiro Hirano2, Toko Tanikawa1 (塩出晏弓1, 中塚武2, 加藤義和2, 佐瀨裕之3, 諸橋将雪3, 石田卓也4, 平野恭弘2, 谷川東子1)
1, 名古屋大学大学院生命农学研究科; 2, 名古屋大学大学院環境学研究科; 3, アジア大気汚染研究センター; 4, 広島大学大学院先进理工系科学研究科
DOI: 10.1007/S10533-025-01277-W
URL: https://link.springer.com/article/10.1007/s10533-025-01277-w

【问い合わせ先】

【研究者连络先】
名古屋大学大学院生命农学研究科
准教授 谷川 东子(たにかわ とうこ)
罢贰尝:052-789-4154
E-mail: toko105*agr.nagoya-u.ac.jp

広島大学大学院先进理工系科学研究科
准教授 石田 卓也(いしだ たくや)
罢贰尝:082-424-6544
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アジア大気汚染研究センター生态影响研究部
部长 佐瀨 裕之(させ ひろゆき)
TEL: 025-263-0560        
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【报道连络先】
名古屋大学総务部広报课
TEL:052-558-9735  FAX:052-788-6272
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広岛大学広报室
TEL:082-424-3749  FAX:082-424-6040
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アジア大気汚染研究センター(代表)
TEL:025-263-0550  FAX:025-263-0566
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(*は半角@に置き换えてください)


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