

独立行政法人 酒类総合研究所
(2019年11月)
みなさん人参は好きですか?人参が嫌いな人はにおいがダメなことが多いようです。人参に豊富に存在するβ-カロテンが加热などにより分解すると、β-イオノンというスミレの花様のにおいの化合物を生じます。芋焼酎の中にもβ-イオノンが含まれるものがあります。β-カロテン含量の多い橙色のサツマイモを原料にした焼酎にはβ-イオノンが特异的に検出され、橙系サツマイモ焼酎の特徴香の一つと考えられています1)。
β-イオノンは閾値(人がにおいが感じられる最低限の浓度)が非常に低い化合物といわれています。しかし、実は私はそのにおいがわかりません。现在、酒类総合研究所では焼酎に含まれる香気成分の閾値调査を実施しており、私も被験者の一人として参加していますが、β-イオノンに対する閾値が通常に比べて非常に高い、いわゆる嗅盲であることが、その调査で分かりました。(嗅盲とは、特定の化合物に対する感受性が极端に低いことをいいます。)これは若干ショックではありますが、実はβ-イオノンに対する嗅盲は结构な割合(50%という报告も)で存在するようです2)。最近の研究で、β-イオノンに対する感受性の违いは翱搁5础1という嗅覚受容体をコードする遗伝子の厂狈笔により引き起こされることが明らかにされました3)。翱搁5础1タンパク质の183番目のアスパラギン酸がアスパラギンに置换されると、β-イオノンに対する感受性が低下するそうです。つまり、β-イオノンに対する感受性は遗伝子によって决まっているのです。
この遗伝子型の违いは食べ物の好みにも影响を及ぼすようです3)。β-イオノンをミルクチョコレートに添加して印象や好みを调査したところ、β-イオノンに感受性の遗伝子型の人は、β-イオノンを添加したチョコレートを「花様、芳香」と评価するものの、添加しない方を好んだそうです。においが强すぎて食品にマッチしないと感じたのかもしれません。一方、非感受性の遗伝子型の人にはこのような选択性はみられませんでした。人参嫌いの人は、ひょっとするとβ-イオノンの香りを强く感じる感受性の遗伝子型なのかもしれません。
橙系サツマイモ焼酎に対する评価に、この遗伝子型の违いは影响があるのでしょうか?审査会で「人参ジュースの香りが强かった」といったコメントを闻くと、感受性タイプなのかな?と思います。审査员の评価とβ-イオノンに対する閾値との関係を调べてみると面白いかもしれません。β-イオノンほど顕着ではないですが、そのほかの化合物でも人によって感度の违いはみられます。自分の感じるにおいと人が感じるにおいは必ずしも同じでないことは、においの研究を行う上で心に留めておかないといけないと、改めて思いました。
1) 神渡ら, 醸協, 101, 437-445 (2006)
2) Plotto, A. et al, J. Food Sci., 71, S401-S406 (2006)
3) Jaeger, S. R. et al, Curr. Biol., 23, 1601-1605 (2013)