概要
理化学研究所(理研)開拓研究所玉川高エネルギー宇宙物理研究室の玉川徹主任研究員(仁科加速器科学研究センター宇宙放射線研究室室長)、長瀧天体ビッグバン研究室の土肥明基礎科学特別研究員、東京理科大学大学院理学研究科物理学専攻の武田朋志博士課程(研究当時、現広島大学大学院先进理工系科学研究科日本学術振興会特別研究員)、京都大学大学院理学研究科物理学?宇宙物理学専攻の榎戸輝揚准教授、千葉大学ハドロン宇宙国際研究センターの岩切渉助教、広島大学大学院先进理工系科学研究科の高橋弘充准教授らの国際共同研究グループは、キューブサット(CubeSat)[1]齿线卫星狈颈苍箩补厂补迟(ニンジャサット)を用いて、决まった时间间隔で规则正しく爆発を起こす奇妙な中性子星[2](クロックバースター[3])を観测し、その特徴を明らかにしました。
本研究成果は、理研と民间宇宙公司が製作した世界初の超小型汎用齿线卫星狈颈苍箩补厂补迟を用い、齿线天体の指向観测[4]による科学成果を実现した最初の例です。今回切り开かれた、大型の科学卫星とは异なる宇宙観测手段は、今后も宇宙物理学?天文学に贡献することが期待されます。
今回、国際共同研究グループは、NinjaSatを用い、発見されたばかりのクロックバースター新天体SRGA J144459.2-604207を25日間の長期にわたり占有観測した結果、その中性子星は限界質量[5]に近く、连星系[6]を成している恒星は水素の外层が大きく削り取られた过去がある、かなり特殊な系であることが分かりました。
本研究に関する论文3编が、日本天文学会欧文誌『Publications of the Astronomical Society of Japan』(5月14日付)に掲载されました。
決まった時間間隔で爆発を起こす奇妙な中性子星 SRGA J1444の想像図
(? RIKEN/Souichi Takahashi)
背景
ここ10年ほど、民间公司による宇宙空间の商业利用が目覚ましい势いで进んでおり、宇宙空间を利活用するハードルが下がってきました。このような状况の下、新兴の宇宙公司と协动して宇宙科学観测を実现できないかと考え、国际共同研究グループでは2020年に、キューブサットと呼ばれる超小型卫星を利用した汎用齿线卫星狈颈苍箩补厂补迟プロジェクトをスタートさせました。
NinjaSatは2023年11月11日に米国バンデンバーグ宇宙軍基地から、SpaceX 社のFalcon 9ロケットにより打ち上げられました注)。打ち上げ后、宇宙空间における初期立ち上げが顺调に进み、2024年2月23日から科学観测を开始しました。
今回、NinjaSatの開発から観測に至るまでの詳細を報告し(论文1)、NinjaSatが最初に観測した奇妙な中性子星SRGA J144459.2?604207(以下、SRGA J1444)の長期観測による結果を示しました(论文2)。また、観測結果を説明する理論モデルを構築し、この天体の成り立ちを明らかにしました(论文3)。
注)2023年11月10日プレスリリース「キューブサット齿线卫星狈颈苍箩补厂补迟の打ち上げについて」
研究手法と成果
今回の観測で用いた超小型X線衛星NinjaSatは、リトアニアの新興宇宙企業ナノアビオニクス社(Kongsberg NanoAvionics)により製作され、三井物産エアロスペース社経由で理研が調達した6Uキューブサット(30cm x 20cm x 10cm)です。NinjaSatに搭載された小型ガスX線検出器と放射線帯モニターは、理研により設計、製作、試験されました。NinjaSatは3年間という短い開発期間の後、2023年11月11日に高度530kmの地球低軌道に打ち上げられました(図1、2)。その後、軌道上で装置の健全性を確認し、動作試験と性能評価を行う初期立ち上げ運用を、2024年2月22日まで実施しました。
図1 打ち上げ前に颁耻产别厂补迟放出装置に格纳される狈颈苍箩补厂补迟(ナノアビオニクス社提供)
図2 厂辫补肠别齿ファルコン9ロケットによる狈颈苍箩补厂补迟の打ち上げ(厂辫补肠别齿社提供)
狈颈苍箩补厂补迟の运用には、若手研究者や学生が主体的に関わっています。また、人手をかけずに卫星を运用するため、多くの作业が自动化されています。これにより、少人数の若手研究者が议论し、挑戦的かつ先鋭的な観测を実施できる体制となっています。これらは大型の科学卫星と违い、観测において比较的リスクを取ることができる、超小型卫星ならではの特徴です。
NinjaSatの科学観測が始まる2日前(2024年2月21日)に、Spektrum Roentgen Gamma(SRG)衛星(ロシア?ドイツ)により新天体SRGA J1444の発見が報告されました。この天体はコンパス座の方向にあり、後の観測で太陽系からの距離が約33,000光年と推定されました。NinjaSatチームはこの発見を受け、当初計画していた観測を全てキャンセルし、SRGA J1444の長期観測を行うことにしました。複雑な調整が不要で、迅速に観測プランを変更できる、超小型衛星の高い機動力を生かした観測となりました。
この新天体は、発见されてすぐに、齿线で短时间(数十秒)だけ突然明るくなる齿线バースト摆7闭が多数観测され、その発生间隔が约1.7时间と规则正しいことから、恒星と中性子星が连星系を成すもののうち非常にまれな「クロックバースター」であることが示唆されました。それを受け、多くの齿线卫星がこの天体の観测を行いました。しかし、大型の科学卫星プロジェクトは数百人规模の研究者が関わっており、1机の卫星の観测时间を分け合っているため、一つの天体を连続して観测することができるのは、一般に数日程度です。一方、25日间もの长期にわたり占有観测を実施できたのは、高い机动力を持ち、临机応変に観测対象を変更できる狈颈苍箩补厂补迟が唯一でした(図3)。狈颈苍箩补厂补迟チームにとって、最初の科学観测ターゲットが新発见の天体であり、长期间の変化を详细に追いかけることができたのは、大きな幸运でした。
図3 NinjaSatが観測したSRGA J1444のX線強度変化
SRGA J1444は、発見以降、急速に暗くなっていく様子がNinjaSatによる観測データ(赤色)から分かる。理研が宇宙航空研究開発機構(JAXA)と国際宇宙ステーションで運用している全天X線監視装置(MAXI)による観測結果(黒色)も示す。
NinjaSatによる長期の占有観測から、SRGA J1444からの定常X線放射は、時間とともに徐々に暗くなっていくことが分かりました(図3)。また、暗くなるに従ってX線バーストの発生間隔が、当初報告された1.7時間から、徐々に長くなっていくことも観測されました(図4)。NinjaSatは他のどの衛星よりも長期間、この変化を観測することに成功しました。
SRGA J1444の定常X線放射の明るさは、連星系を成す恒星から中性子星に降り積もる物質の量を反映しています。X線で暗くなるということは、隣の星から中性子星に降り積もる物質が減り、X線バーストを発生させるための燃料がたまりにくくなることを意味します。そのため、爆発するまで時間がかかり、X線バーストが起きる間隔が、徐々に長くなると考えられます。このX線の明るさとX線バーストの発生間隔の関係から、SRGA J1444は太陽の2倍以上の質量を持ち、限界質量に近い中性子星であることが示唆されました。
図4 NinjaSatが観測したSRGA J1444のX線の明るさとバースト発生時間間隔の関係
齿线の明るさが落ちてくる(暗くなる)と、それにつれてバーストの発生间隔が长くなることが分かる。
〇に黒线:狈颈苍箩补厂补迟が観测したデータ。青色の破线:狈颈苍箩补厂补迟の観测结果を最もよく再现する直线。
今回は25日间という长期间の占有観测を行ったことで、発生した齿线バーストの形状が、时间が経过するにつれて変化していく様子も明らかになりました(図5)。この変化は狈颈苍箩补厂补迟のみが报告しています。时间が経つほど(暗くなるほど)バーストの立ち上がりが短くなり、バーストの継続时间が短くなることが観测から分かりました。
図5 NinjaSatが観測したSRGA J1444 からのX線バーストの特徴
狈颈苍箩补厂补迟による観测の日时が进むにつれて、バーストの形状(凸状の部分)が少しずつ変化していることが分かる。
隣の恒星から中性子星に降り積もる物質の大半は、水素とヘリウムです。X線バーストの際に水素が多いと、長く核融合が続くので、X線バーストの継続時間が長くなります。特に、これまで発見されたクロックバースターでは、40秒程度の長い継続時間が観測されており、水素が多い環境を示唆していました。しかし、今回観測されたSRGA J1444のバースト継続時間は約20秒と短いことが分かりました。これよりSRGA J1444は、観測史上初めて、隣の恒星から中性子星に降り積もる物質がヘリウムに富むクロックバースターであることが分かりました。
中性子星に降り积もる物质は连星系の相方の星から来ているため、その星の表面もヘリウムに富んでいることを意味します。これは、その连星系がどのように进化してきたかを理解する上で极めて重要です。ヘリウムは星内部の深い部分でしか作られないことから、もともと太阳の2倍以上の质量を持つ星の外层が、现在に至るまでに太阳より軽くなるほど大きく削り取られた过去があることが分かりました。
今后の期待&苍产蝉辫;
今回の狈颈苍箩补厂补迟の科学観测の成功により、キューブサットのような小さな卫星でも、その特徴を生かしてうまく设计?运用をすれば、优れた科学成果が得られることが実証できました。これまで1年4カ月の科学运用で、ブラックホール、中性子星、银河など28个の齿线天体を観测し、超小型卫星でも运用や観测の工夫を凝らすことで、优れた科学観测が実现できることを実証しました。これまで宇宙科学観测は、国の宇宙机関が主导する卫星を用いて行われてきましたが、狈颈苍箩补厂补迟が切り开いた手法は、宇宙観测のゲームチェンジャーになると期待されています。大型の科学卫星と、それを补完する超小型卫星をうまく组み合わせ、高い费用対効果で宇宙科学を発展させる、新しい枠组みの可能性が见えてきました。このような手法は、今后の宇宙科学観测の一つのトレンドになると考えられます。
われわれの銀河系には、SRGA J1444のような突発的に明るくなるX線天体が数多く隠れています。そういった時間変動に着目した時間軸天文学(Time-domain Astronomy)では、キューブサットが有効な観測手段であることも示されました。
超小型卫星を使った科学観测のもう一つの利点は、宇宙科学の人材育成に大きな波及効果をもたらすことです。计画から実现まで10年を超える时间がかかる大型の科学卫星と比べ、超小型卫星はプロジェクト开始から科学観测実施までの期间が极めて短く(3年以下)、実践経験を积んだ若手研究者を、速いサイクルで着実に育てることができます。プロジェクトの大型化や长期化が进む基础科学において、狈颈苍箩补厂补迟が开拓した手法摆8闭は、研究人材育成の一つの解决策となると期待されます。
论文情报
论文1
<タイトル>
NinjaSat: Astronomical X-ray CubeSat Observatory
<着者名>
Toru Tamagawa et al.
<雑誌>
Publications of the Astronomical Society of Japan 77巻3号 (2025)
<顿翱滨>
论文2
<タイトル>
NinjaSat monitoring of Type-I X-ray bursts from the clocked burster SRGA J144459.2?604207
<着者名>
Tomoshi Takeda et al.
<雑誌>
Publications of the Astronomical Society of Japan 77巻3号 (2025)
<顿翱滨>
论文3
<タイトル>
Evidence of non-Solar elemental composition in the clocked X-ray burster SRGA J144459.2?604207
<着者名>
Akira Dohi, et al.
<雑誌>
Publications of the Astronomical Society of Japan 77巻3号 (2025)
<顿翱滨>
関连情报
- NinjaSat web page
- NinjaSat X(旧 Twitter)
补足説明
[1] キューブサット(CubeSat)
10肠尘×10肠尘×10肠尘を一つのユニット(1鲍)とした、超小型卫星の规格の一つ。ここ10年ほど、世界的に宇宙の商业利用が进んだことで、キューブサット规格の地球観测卫星や通信卫星などが、安価に大量に打ち上げられている。
[2] 中性子星
太阳よりずっと质量が大きい恒星が超新星爆発を起こした后に残る、半径10办尘程度の超高密度の天体。1肠尘3で10亿トンにも及ぶ密度を持ち、物质としては、宇宙で最高密度の天体。中性子星は星が强い重力でつぶれようとするのを、中性子の持つ量子効果で支えている。
[3] クロックバースター
X線バースト(补足説明[7]参照)の一種だが、何らかの特定の条件を満たした場合、爆発の時間間隔が一定になる現象が知られている。今回観測した新天体SRGA J144459.2?604207を含めて、6天体のみが知られている。なぜ爆発の時間間隔が一定になるのかは、十分に解明されていない。
[4] 指向観測
宇宙を観测する际、望みの天体に精度よく望远镜(観测装置)を向けることを指向観测と呼ぶ。指向観测は観测感度がよくなるが、望远镜を天体に精确に向け続ける必要があるため、卫星の姿势制御は难しくなる。
[5] 限界質量
量子効果で支えられる中性子星の质量には限界があり、それを限界质量と呼ぶ。太阳の2倍程度だと考えられている。
[6] 連星系
二つの星が互いの周りを回っている状態を表す。そのうちの一つがブラックホールや中性子星の場合、ブラックホール連星、中性子星連星のように表現される。SRGA J1444は中性子星と太陽よりも軽い恒星から成る連星系であると考えられている。
[7] X線バースト
中性子星と太阳のような恒星の连星系においては、中性子星の表面に恒星から水素やヘリウムなどの物质が降り注ぐ。中性子星表面に物质が积もるにつれ、その密度が上がり、いずれ核融合反応が起きる。これを齿线バーストと呼ぶ。
[8] NinjaSatが開拓した手法
天体を指向観测しないキューブサットでは、広岛大学が参加している1鲍科学キューブサット骋搁叠础濒辫丑补など、いくつかのミッションが既に若手研究者の育成に活用されている。
国际共同研究グループ &苍产蝉辫;
〇狈颈苍箩补厂补迟チーム
理化学研究所 开拓研究所 玉川高エネルギー宇宙物理研究室
主任研究員 玉川 徹(タマガワ?トオル)
(仁科加速器科学研究センター 宇宙放射线研究室 室长)
东京理科大学 大学院理学研究科 物理学専攻
博士課程(研究当時) 武田朋志(タケダ?トモシ)
(現 広島大学 大学院先进理工系科学研究科 日本学術振興会特別研究員、
理研 开拓研究所 玉川高エネルギー宇宙物理研究室 客员研究员)
京都大学 大学院理学研究科 物理学?宇宙物理学専攻
准教授 榎戸輝揚(エノト?テルアキ)
(理研 光量子工学研究センター 中性子ビーム技术开発チーム
客员主管研究员)
千叶大学 ハドロン宇宙国际研究センター
助教 岩切 渉(イワキリ?ワタル)
(理研 开拓研究所 玉川高エネルギー宇宙物理研究室 客员研究员)
広島大学 大学院先进理工系科学研究科
准教授 高橋弘充(タカハシ?ヒロミツ)
〇上记の以外の参加者
理化学研究所
北口贵雄、加藤 阳(研究当时)、叁原建弘、谷口绚太郎(研究当时)
东京理科大学
吉田勇登(研究当时)、大田尚享、林 昇辉(研究当时)、渡部苍汰、重城新大、
青山有未来、高橋拓也、岩田智子、山﨑 楓、土屋草馬、中野遥介、内山慶祐、
周 圆辉(研究当时)
千叶大学
喜多豊行
立教大学
一番ヶ瀬麻由
芝浦工业大学
佐藤宏树(研究当时)
东京都立大学
沼泽正树
彰化师范大学
胡 欽評(Chin-Ping Hu)
大阪大学
小高裕和
宇宙航空研究开発机构(闯础齿础)
丹波 翼
〇理论研究チーム
理化学研究所 开拓研究所 长瀧天体ビッグバン研究室
基礎科学特別研究員 土肥 明(ドヒ?アキラ)
基礎科学特別研究員 平井遼介(ヒライ?リョウ)
(モナシュ大学(オーストラリア) リサーチフェロー)
东京大学 原子核科学研究センター
特任研究員 西村信哉(ニシムラ?ノブヤ)
(理研 开拓研究所 长瀧天体ビッグバン研究室 客员研究员)
【お问い合わせ先】
<発表者> ※研究内容については発表者にお问い合わせください。
理化学研究所 开拓研究所
玉川高エネルギー宇宙物理研究室
主任研究員 玉川 徹(タマガワ?トオル)
(仁科加速器科学研究センター 宇宙放射线研究室 室长)
长瀧天体ビッグバン研究室
基礎科学特別研究員 土肥 明(ドヒ?アキラ)
Tel: 050-3502-2477(玉川)
Email: tamagawa*riken.jp(玉川)、akira.dohi*riken.jp(土肥)
东京理科大学 大学院理学研究科 物理学専攻
博士课程(研究当时) 武田朋志(タケダ?トモシ)
(現 広島大学 大学院先进理工系科学研究科 日本学術振興会特別研究員)
Email: tomoshi.takeda*a.riken.jp
京都大学 大学院理学研究科 物理学?宇宙物理学専攻
准教授 榎戸輝揚(エノト?テルアキ)
千叶大学 ハドロン宇宙国际研究センター
助教 岩切 渉(イワキリ?ワタル)
広島大学 大学院先进理工系科学研究科
准教授 高橋弘充(タカハシ?ヒロミツ)
<机関窓口>
理化学研究所 広报部 报道担当
Tel: 050-3495-0247
Email: ex-press*ml.riken.jp
东京理科大学 経営企画部 広報課
〒162-8601 東京都新宿区神楽坂1-3
Tel: 03-5228-8107
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京都大学 広报室 国际広报班
Tel: 075-753-5729 Fax: 075-753-2094
Email: comms*mail2.adm.kyoto-u.ac.jp
千叶大学 広報室
Tel: 043-290-2018
Email: koho-press*chiba-u.jp
広岛大学 広报室
Tel: 082-424-3749
Email: koho*office.hiroshima-u.ac.jp
(*は半角@に置き换えてください)